2013年度よりはじまった茨木市若手芸術家育成事業『HUB-IBARAKI ART COMPETITION』は、未来を担う若手アーティストを発掘し、茨木のまちを発表の場として提供することで、地域の芸術文化の発展に貢献することを目的としたソーシャル・アートプロジェクトを開催してきました。

2016年度は「HUB-IBARAKI ART PROJECT」と名称を変更し、初年度の選定作家である中島麦氏にスポットを当て、市役所を含めた複数の公共施設に作品を設置するプロジェクト、エキシビション(2017年3月22日〜2017年9月30日まで)を開催しました。

プロジェクト終了後も作品は長期間設置されております。

本プロジェクトは、「公共空間の作品設置」「長期展示」「まちや人との交流を持てるような作品の選定」を条件として作品制作を依頼し、アートを媒介とした人と人との対話が生まれることで、永続的な地域の活性化へ繋がるネットワークの中心「HUB」のような存在となることを目指す、大阪府茨木市のアートプロジェクトです。

アーカイブでは、設置された作品の紹介、プロジェクトプロセス、茨木市長や現代美術作家:ヤノベケンジ氏との対談、三井知行氏の論評など、プロジェクト・エキシビションを進行する中で、生まれた出来事をまとめました。


プロジェクト概要

地域の芸術文化の発展に貢献することを目的とした大阪府茨木市のアートプロジェクトです。(茨木市若手芸術家育成事業)


選定作家

中島 麦 Mugi Nakajima

前身のプロジェクト『HUB-IBARAKI ART COMPETITION』の初年度の選定作家である茨木市在住の美術家:中島麦氏に作品制作を依頼しました。


プロジェクト期間

2016年より作家選定・決定〜作品プレゼンなどの準備期間を経て2017年より制作開始。(準備期間から制作期間までは約10か月)


作品展示エキシビション期間

2017年 3月22日(水)〜9月30日(土)

作品展示エキシビションは3月22日(水)〜9月30日(土)まで開催されました。会期後も作品は公共施設に長期設置されています。


作品設置場所

大阪府茨木市の公共施設7か所に展示されました。※作品は会期後も長期設置されています。


2016年度選定作家

中島 麦 Mugi Nakajima

1978年生まれ 美術家。長野県生まれ、大阪府茨木育ち、京都市立芸術大学美術学部油画専攻 卒業。絵を描く事を中心に、そこから拡張する出来事を取り込みながら活動中。その活動を通して、私自身が何ものからも自由で、何ものをもつなぐメディウムでありたいと考えている。個展、企画展、アートフェア、地域型アートイベント、コラボレーション、ワークショップ等展示多数。大阪在住。

作家オフィシャルサイト

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HUB-IBARAKI ART PROJECT 作品について

2017.1.28 作品制作中のインタビューより

-作品タイトルは?

「WM」、「ウム」と読みます。有る無しの有無から想起した作品シリーズ

施設の「壁面」へ直接ペイントした作品、施設の「備品」へ直接ペイントした作品、キャンバス作品(絵画)※各施設にいずれかの形式で展示されています。


-『HUB-IBARAKI ART PROJECT』に参加したきっかけは?

地元だからこそできる作品の制作方法を実践したいということを考えて参加しました。また、環境を含めて存在し続ける作品を制作したいと思いました。

3年前の「HUB-IBARAKI ART COMPETITION」に出展した時に「生涯学習センターきらめき」の窓に絵を描きました。その時に地元でのプロジェクトであること、遠い場所から訪れるわけではなく近い距離に住んでいる作家が「作品を持って来て、置いて、はい終わりました。」というのは、作品制作のスタンスとしてはどうなのか?ということを思いました。地元だからこそできる作品の制作方法を実践したいということを当時も考えて制作を行っていました。

また、これまで色々な場所で設置した作品の殆どがイベント終了後に撤去されています。今回の制作は環境を含めて存在し続ける作品を制作したいと思いました。それには様々な難しさがありますが、チャレンジしました。


-作品が茨木市に長期展示されることで、まちや人々に作品がもたらす出来事はどのようなことだと考えていますか?

作品が何かの痕跡としてまちに残ることが地域の資産になると考えています。作品設置から時間が経過しても作品の「記憶」や「当時の想い」を繋げていくことができれば、まちや人々の生活に新しい景色が見えてくると考えています。

僕は作品が何かの痕跡としてまちに残ることが地域の資産になると考えています。作品が設置されることによって、美術的な価値がすぐに付くわけでも、即効性のある問題解決の効果が出るわけでもない。「あそこにあんなんあったよね。」というものでいい。その記憶・体験的な資産としての作品が、その場所が何となく好きと感じることに繋がると思うんです。

また、作品設置から時間が経過しても作品の「記憶」や「想い」を繋げていくことができれば、 まちや人々の生活に新しい景色が見えてくると思います。


作品展示会場<メイン会場>

<メイン会場> 茨木市立生涯学習センターきらめき 3階

【作品】WM  <壁画>

【住所】〒567-0028 大阪府茨木市畑田町1-43

【開館時間】午前9時~午後10時 【休 館 日】火曜日、12月28日~翌年1月4日

【最 寄 り】JR茨木駅から北へ1500m


<メイン会場> 茨木市役所 本館ー南館1階  連絡通路

【作品】WM <壁画>

<サテライト会場> 茨木市役所本館1階 市民課前、南館 エントランス、8階文化振興課

【作品】WM <備品に直接ペインティング>

【住所】〒567-8505 大阪府茨木市駅前三丁目8-13

【開館時間】午前8時45分〜午後5時15分 

【休 館 日】土・日曜日、祝日、12月29日〜翌年1月3日

【最 寄 り】阪急茨木市駅、JR茨木駅から700m


<メイン会場> 茨木市役所合同庁舎 7階 プラネタリウム(エントランス)

【作品】WM <壁画>

【住所】〒567-0885 大阪府茨木市東中条町2-13

【開館時間】午前9時~午後5時 【休 館 日】年末年始

【最 寄 り】阪急茨木市駅・JR茨木駅から700m

※6階から7階へはエレベーターがありませんので希望の方は事前にご連絡ください。


作品展示会場<サテライト会場>

<サテライト会場> 茨木市立中央図書館 

【作品】WM <備品に直接ペインティング>

【住所】〒567-0028 大阪府茨木市畑田町1-51

【開館時間】火曜日〜金曜日:午前9時30分〜午後8時(祝日は午後5時まで)

      土曜日・日曜日、第1月曜日:午前9時30分〜午後5時

【休 館 日】第2・3・4・5月曜日〔祝日と重なる場合は開館し、その翌々日が休館〕、

       年末年始、資料点検期間

【最 寄 り】JR茨木駅から北へ1500m


<サテライト会場> 上中条青少年センター 1階・2階ロビー

【作品】WM <キャンバス作品>

【住所】〒567-0881 大阪府茨木市上中条二丁目11-22

【開館時間】午前9時〜午後10時 【休 館 日】火曜日、祝日の翌日、年末年始

【最 寄 り】JR茨木駅・阪急茨木市駅から1200m


<サテライト会場> 市民総合センター2階北側エレベーターホール

【作品】WM <キャンバス作品>

【住所】〒567-0888 大阪府茨木市駅前四丁目6-16

【開館時間】午前9時~午後10時 

【休 館 日】12月29日~翌年1月3日(ほかに臨時休館があります)

【最 寄 り】阪急茨木市駅・JR茨木駅から700m


<サテライト会場> 福祉文化会館(オークシアター)2階・3階ロビー

【作品】WM <キャンバス作品>

【住所】〒567-0888 大阪府茨木市駅前四丁目7−55

【開館時間】午前9時~午後10時 

【休 館 日】12月29日~翌年1月3日(ほかに臨時休館があります。)

【最 寄 り】阪急茨木市駅・JR茨木駅から700m

作品展示会場 全体マップ


【対談】ヤノベケンジ×中島麦

アートとまちづくり ~まちに芸術作品があることは、市の大きな財産。

南茨木駅前に恒久設置されている「サン・チャイルド」の生みの親・ヤノベケンジさん。茨木出身でアート界を牽引するトップアーティストとの対談です。

2017.2.9 作品制作中の現場での対談より


アーティストが現場の意識を変えていく

ヤノベ:

制作現場を見させてもらいましたが、個人のプロジェクトでここまで展開ができたのは大きいことですね。

中 島:

そうですね。制作は個人でやっていますが、特に制作過程で行政の方々にプランを共有してもらえたことが大きいです。まだ存在しないものを説明するために、一生懸命スケッチを描いたのですがそれ以上の意味がありました。今は多くの方々に制作現場を見て頂いて、他の施設や場所にも描いて欲しい、という話が上がっています。そんなにたくさんはできないんですが…(笑)。


「HUB-IBARAKI ART PROJECT」から世界へ

ヤノベ:

今後、茨木市と一緒にいろいろな所に芸術作品設置の提案をしたらいいんじゃないですか?民間企業などにもアプローチして、茨木市出身のアーティストとして、地域を変えていくことができればいいと思います。このような作品を作れるアーティストは少ないですから。そして今回のプロジェクトをきっかけに展開していけば、中島くんはこの作風を武器に世界に出ていけるんじゃないでしょうか。

中 島:

そうしたいですね!今回、地域を変える、そして大きく言えば社会を変えるきっかけ作りを、縁のある茨木で実践するという、とてもありがたい機会を頂いたと思います。


まちに芸術作品があることは、市の大きな財産に

ヤノベ:

今回のプロジェクトのようなことを、今後展開できるならいろいろな出来事を取り入れていったらいいと思います。だからこそ、パーマネント作品として残せたことは大きい。いろいろな作家の作品が蓄積され、残っていくということは、まちの人たちに提供していくことでもありますので大事なことだと思います。今回のプロジェクトは、前身に彫刻設置事業が茨木市にあったからでもあります。中島くんがこのようにパーマネント作品を制作できたことは、事業の次のステップとしても大きな成果を残せたと思います。

中 島:

残らないでいい場合もありますが、残って蓄積していくことはとても大切だと思います。今回は残る作品を作ることができて、とても良かったと思っています。

ヤノベ:

税金を使った市の財産(芸術作品)が、一時的で少数の人しか見られないことよりも、長い期間でたくさんの人に見てもらえることは大切です。もちろん強度やクオリティのある作品を作ることも大事ですし、それを残していることは市の大きな財産です。金銭的な資産ではないですが、文化的資産としてまちにある。今後、芸術作品をまちに設置する事業をどこまで広げていけるかというのが課題ですね。

中 島:

いろいろな地域で様々な人と関わりながら作品を作る機会が増える中で、自分自身が育った場所(茨木市)との関係を意識する機会も増え、縁が深い場で作品を作りたかったです。


新しいアート事業の可能性を作っていく

ヤノベ:

今回のプロジェクトのようなことを、今後展開できるならいろいろな出来事を取り入れていったらいいと思います。だからこそ、パーマネント作品として残せたことは大きい。いろいろな作家の作品が蓄積され、残っていくということは、まちの人たちに提供していくことでもありますので大事なことだと思います。今回のプロジェクトは、前身に彫刻設置事業が茨木市にあったからでもあります。中島くんがこのようにパーマネント作品を制作できたことは、事業の次のステップとしても大きな成果を残せたと思います。

中 島:

ありがとうございます!


※対談内容は一部抜粋となります。


〈対談ゲスト〉

ヤノベケンジ / Kenji Yanobe

ウルトラファクトリー・ディレクター/現代美術作家

1965年、大阪府茨木市出身。90年初頭より「サヴァイヴァル」をテーマに大型機械彫刻を制作。97年にチェルノブイリを訪問する「アトムスーツ・プロジェクト」を行うなど社会的メッセージを含む作品群は国内外で評価が高い。2009年には「水都大阪2009」にて火を噴く巨大ロボット「ラッキードラゴン」「ジャイアント・トらやん」等を発表。同年大阪文化賞受賞。 2012年には震災復興を掲げるモニュメント「サン・チャイルド」を国内外で巡回。南茨木駅前に恒久設置。HUB-IBARAKI ART COMPETITIONでも審査員を務める。近年ではビートたけしや吉本新喜劇とのコラボレーション等領域横断的な活動を続けている。

http://www.yanobe.com/

【対談】福岡洋一(茨木市長)×中島麦

まちづくりとアート ~時代を紡いでいくまちづくり~

茨木市の福岡洋一市長との対談が実現しました。

2017.2.12 作品制作中の現場での対談より


同世代の市長、芸術家がみるまち

中 島:

市長とはずっとお会いしたいと思っていました。同世代ということも知っていたので、共有できる出来事があるのではないかなと。茨木のまちには、公共彫刻(パブリックアート)が各所にあります。名和晃平さん(彫刻作家)、ヤノベケンジさん(現代美術作家)その時代以前にもあるんですが、時代ごとの経済状況や社会状況を反映したのものが絶対に残っていると思います。50年前、20年前、そして現在。アートの作品が残って繋がっていく事に意味があり、資産になっていきます。一時期のものだけが残っていると、記憶が繋がらずよくわからないものになってしまいがちですが、それらが繋がって残っていけば、未来につながる資産になっていくと思います。

福 岡:

まちのアート作品で魅力が出てくるには、時間がかかってしまうと思いますね。僕は近代建築が好きなんですが、その当時に生きていれば、そのようには思わないと思います。いまだからこそ味が出てきて良さが見えてくる、他の時代の建物もあるから良く見えてくる。おっしゃられる通り続いているからこそだと思います。否定して終わりではなく、次の時代から次の時代へ紡いでいかないといけない。いまは茨木市でいうと転換期に来たのかな。次の時代のまちづくりをしないといけないと思っています。


流行り廃りではなく、いまできる事を全力で取り組む

中 島:

具体的に、どのような建物やまちの風景でそのように思いましたか?

福 岡:

いま40歳となった僕が見えているものとしては、例えば、まちの中で誰もが見るガードレールなどが簡素なデザインという事に疑問をもっています。もっと何かできるんじゃないかと。そういう意味で、アートの話をするなら、もっとまちづくりにもデザインを入れていきたい。そういうものには流行り廃りがあると言われますが、とにかくいまの流行り物を入れればいいと思います。それは時間が経てば、再評価されると思うので。いましか通用しなくて、流行りが終わることを怖がってはいけない。

中 島:

まさにそうじゃないとおもしろくないですね、慣例だけで続けていると何の変化もないので、評価もされませんよね。


大阪〜京都をつなぐまち茨木。
アートやデザインで発信していく場づくり

中 島:

僕の長年の希望を言っていいですか?

やはり、核になるものが茨木に欲しいです。デザイン・アートでも、もの的な核(パブリックアート)はあると思います。場としての核、コア施設が欲しいと思ってます。京都と大阪はよく知られた文化がありますが、それを繋ぐ場所としての茨木というのはとても良い場所と思います。美術館などの大きな施設でなくとも、情報を発信したり、常に何かが起こっている場所であれば、人が集まって来ると思います。

福 岡:

現在、シティプロモーションについて、いまの話と同じことを話しています。大阪と京都を繋ぐまちであるとか、過去と今を繋いでいくという話です。大阪や京都などと比べると個性がないと言われますが、見せ方だけの問題のような気がしています。

中 島:

いろいろなことをまちが取り込み過ぎなんじゃないですかね。混ざってしまってるんだと思います。

福 岡:

小さなコンテンツはいっぱいあって、磨ききれていない。もっともっと磨けば光るのに。階段を一歩ずつ登っていくような地道な作業ですよね。

中 島:

直接そのような話が聞けて本当に良かったです。ありがとうございました!


〈対談ゲスト〉

福岡 洋一 / Yoichi Fukuoka

茨木市長


関連イベント記録


作家・作品 論評

絵画の変革から絵画で変革へ


近代美術の流れの方向性を表す言葉に「モダニズム」がある。近代主義とか近代性と訳されるが、その一つの傾向として「自立」が挙げられる。絵画なら、王侯貴族のお抱えでない「自立した」画家が、物語にも風景にもよらず、ひたすら平面性、色と形と若干の筆触のみで(他の要素から自立した)作品を成立させる、ということである。だから抽象絵画などはモダニズムの最たるものだし、白い箱のような美術館の展示室で作品と対峙(にらめっこ)する鑑賞法もその影響だろう。たいていの芸術家がビンボーなのもモダニズムのせいかもしれない。

さて、作品だけ見る限り、中島麦はそんなモダニズムの流れをくむ「モダニスト」に見える。作品はほとんど抽象画だし、それが飛ぶように売れているという話も聞いたことがない。近年取り組んでいる、色とりどりの細かい点が撒き散らされた平面と一色で均質に塗られた平面の組み合わせによる作品も、空間・環境によって組み合わせを変えるところを除けば、個々の平面は過去のモダニズム絵画に類例がある。

しかし、彼をモダニストと呼ぶと少し違和感が残る。屈託を感じさせない肯定的で前向きな姿勢、他の作品に似ていることに頓着しない制作態度は、深刻な顔で絵画理論を語り、新しさとオリジナリティを追求するモダニズムの芸術家像とはあまりに対照的である。

この違和感はなんだろうと思っていたところ、彼が高校時代は演劇部だったと聞いて妙に納得した。彼は作品が「どう見られるか」を意識しているが、この意識も画家というよりは役者のものに近いのだろう。画家だって作品が他人から「どう見えるか」を気にするけれど、それは自分の視線が外から内(作品・自分)に方向転換しただけで、舞台上の役者と桟敷の観客のような関係ではない。また彼がライブペインティングや公開制作を積極的に行うのは、演劇と同じように観客の直の反応を求めてのことなのかもしれない。

多くのモダニズム絵画では、作家の社会的メッセージが直接的に表されることはない。これは社会と作家・作品が無関係なのではなく、作品を世に問うことで、見た人の意識が何となく変わり、間接的に社会に影響を及ぼす方法を採っている、と解すべきだろう。中島麦も自分の絵画に直接的なメッセージ性を持たせることはしない。一方で彼は、作家の活動として直接的に社会、地域コミュニティに関わろうとする。一見矛盾する二つの志向も、作品を役者、社会を劇場、人々を観客と考えればそれほど矛盾しないのではないか。つまり「作品を世に問う=人々が作品に出会う」部分を意図的に演出することで、社会に対する作品の作用を高めようという考えなのかもしれない。

今回のHUB-IBARAKI ART PROJECTでは、役所の戸棚や通路などが直接ペイントされ作品となる。用があってそこに来た人は「芸術を見る」という意識のないまま、唐突に作品に出会ってしまう。いわば絵画によるフラッシュモブである。何度かそんな作品との出会いを体験すれば、自分の周囲に対する意識が変わる。意識が変わった人が増えれば、きっと茨木はもっと楽しくなるだろう。


三井 知行

川口市立アートギャラリー・アトリア学芸員(元 大阪新美術館建設準備室学芸員)


あとがき

HUB-IBARAKI ART PROJECT 2016 を終えて

選定作家:中島 麦


「公共施設の壁や物に直に絵を描きたい、イベント期間が終わったら撤去するのではなく、作品をそのまま残したい」プロジェクトのお話をいただいた時に、私はまずそんな話をした。

このような事は私自身はもちろん、当プロジェクト担当の茨木市にとっても初めての試みだった。事例が無い事に対して(当然?予想通り?)関係各所の許可が下りず、担当課である文化振興課のMさんと連日調整のやりとりをしていたのは、1年前の今頃。準備は大詰めを迎えていた。

僕が茨木市とアートを通して関わる事になった始まりは「HUB-IBARAKI ART PROJECT」の前身「HUB-IBARAKI ART COMPETITION」に企画を応募した2013年の事。応募の動機は単純で「このタイミングで僕が作品を作らずして、いつ作るねん」と、長年住んでいる街で始まる面白そうな出来事に、ワクワクしたことがきっかけだった。私は特別な地元愛に溢れてるわけではない。ただ様々な土地で作品を制作・発表する機会があるのに、人生の多くの時間を過ごしている茨木で何もしていないと言う事が、表現をする上でずっとひっかかっていた。

小さい頃から家庭環境の影響もあり、絵を描いたり物を作ったりするのが大好きな少年だった。近くにアートが在ったがゆえに距離が離れた事もあったが、自らの将来を考える時期に、絵が描きたい、美術に関わる仕事をしていきたいと思うようになった。美術系大学卒業後は、制作活動と教える仕事を続ける中で「絵を描く事」で私が何かと何かを繋ぐ、メディウム(媒体)になる事ができないかと漠然と考えるようになった。

様々な想いとタイミングがつながって、昨年「HUB-IBARAKI ART PROJECT」が新たに始動した。プロジェクト作品の詳細に関しては、この記録集にまとめられているのでそちらを参照して頂きたい。場に絵を「共存」させること、それを大きなテーマにプランを立て、企画・制作を進めた。既存の公共空間の一部を絵画作品に変換するために、現場で制作するものもあれば、既存の物を持ち帰って絵を描き、また同じ場所に戻すものもある。新たに何か作るのではなく元々あるモノに手を加えることで、再発見する。例えば絵がある事で素通りしていた壁を再認識する、ただ機能として並んでいる事務器具が作品に変わると、そこで働く事が少しだけ楽しくなる。時代に流されない象徴的なアート作品も良いが、作品を介して周辺の環境と人を繋がることのできる新しい関係も、これからのアートの可能性だと考えた。

人が行き来する公共施設ならではの出会いもたくさんあった。全身絵具まみれになって制作している私を見て、清掃員の方に塗装屋さんと間違われたり、通行する職員さんの会話が養生シート越しに聞こえて来たり、警備員の方が見回りの度に応援してくれたり、対談をお願いした福岡市長さんと一緒にジャンプしたり…(笑)。実制作した4か月の間、徐々に市内各所の施設に作品は拡張していき、最終的に8つの公共施設、計12か所に広がった。

 イベントとしての期間が終わっても作品は変わらずそこに在る。現場で描かれた作品と持ち込んだ作品、制作過程は異なるけれど、設置されたそれぞれの場所で環境になっていく。それで良いし、むしろ今回はそうあって欲しいと思っている。公共施設を利用する人、そこで働く皆さんの生きている毎日の景色になること、共存すること。絵描き冥利に尽きるプロジェクトとなった。

今こうして振り返ると、反省する事や実現できなかった悔しさも多くあるのが正直なところである。それらは私のこれからの活動の課題であり「HUB-IBARAKI」にとっても大きなテーマだと思っている。アートは世の中を劇的に変える力はないが、出会った人の気持ちを前向きに変える力があると、私は信じている。このプロジェクトがこれからもカタチを変えながらも続いていく事を切に願っている。

 最後に多大な応援とご理解のもと、プロジェクトをバックアップしてくれた文化振興課の皆さん、実行委員会のメンバー、各施設の皆さんに心からの感謝を伝えたい。


2017年12月某日

HUB-IBARAKI ART PROJECT 2016-2017 今までとこれから


HUB-IBARAKI ART 実行委員長:河上友信

芸術文化と暮らしの接点(=HUB)を生み出すことを目指して始まった本事業も5期目を迎えて、アーティストの成長を支え、アートが社会で生きた役割を果たすためのインキュベーター(孵化器)としての努力が実ってきていると感じます。「茨木といえば現代アート」というイメージも定着してきました。しかし文化の担い手の主役はあくまで民衆です。これからは受け手側の私たちも心を開き、批評眼を磨いて、このムーブメントを後押ししていく事が求められるでしょう。


HUB-IBARAKI ART ディレクター:山本正大

私の「HUB-IBARAKI ART PROJECT 2016-2017」への関わりは、広報・デザイン・作家サポートなどに携わりました。私は前身となる芸術文化事業を含めて今回で6年目のアートプロジェクトでした。

これまで6年間で作家・作品とあらゆるカタチで接してきましたが、中島麦さんの作品・制作の思いや取組みは、以前に南茨木駅に設置されたヤノベケンジ作《Sun Child》のときのような高揚感を感じました。それは茨木市のアートプロジェクト自体がより良くなるための提案を頂いたような、熱い年でした。

2017年度は、この熱を絶やさず、新たな選定作家、実行委員会のみなさまと茨木らしいアートプロジェクトを目指して奔走中です。


HUB-IBARAKI ART 実行委員(茨木市市民文化部文化振興課職員):正木友希

今回のHUBは、「作品を公共施設やその備品に直接描く」、さらにそれを「恒久設置する」という、茨木市にとっては新たな手法に挑んだものとなりました。当初は各部署との調整の難航が予想されましたが、最終的に展示を実現できたのは、制作するのがHUBの初回の選出作家として実績のある麦さんであったこと、その麦さんが市との調整に柔軟に対応してくださったこと、何よりも、麦さんの作品が持つ魅力が多くの人の心をとらえたことが大きかったからだと思います。

身近なものがアートになったことで、「うれしいエピソード」がいくつも生まれました。窓口に来た人が「これは何?」と尋ね、それをきっかけに会話が生まれたり、アートとは関係のない部署の職員から「面白いことやってるやん」と言われたり。特に、通りがかった人が「あれ、ここにもあるやん」「ああ、アートのやつな」というやりとりをしているのを聞いたときは、日常会話の中でHUBの話が自然と交わされるという状況がうれしくて、にやりとしてしまったことを覚えています。

今回のHUBには、「アートをいかしたまちづくり」の可能性を見た気がします。アートは、もっと大きく言えば文化・芸術は、単なる趣味として消費されるものではない。福祉であったり教育であったり、広い意味でのまちづくりに活用できるものだと感じました。もちろんそれには時間がかかるでしょうが、今回のHUBをひとつのターニング・ポイントとしてとらえ、さまざまな取組みに活かしていけたらと思っています。